
生きた根と、生きた土をつなぐ『エンドファイト』とは
みどりの食料システム戦略の実践レポート vol.24
2025年2月 業務執行理事 南埜 幸信
先日茨城大学で、茨城県有機農業技術研究会主催の勉強会があり、日本のエンドファイト研究の第一人者、茨城大学農学部教授 成澤才彦先生の講義をじっくり聞かせていただいた。
目から鱗のオンパレード。
私が農学部に入学した47年前には考えられなかった農業の常識の変化は驚くべき内容である。当時私は、入学後のオリエンテーションで、『有機農業を志してここに来た』という話をしたら、大学の先生方から、『植物はあくまで水に溶けるイオン化した養分しか吸えない。植物が吸えない有機物を肥料として与える意味は無い』と言われたことを思い出す。植物の根と土を、根の周りの根圏微生物がつなぎ、命の鎖というネットワークで、お互いに生命が共生する中で、共存共栄の関係がある。
このエンドファイトの研究は、これは根本的に農業技術体系を、まさしく生命の総合技術体系という内容に昇華させる時代の到来を宣言する内容である。これが分かれば、土壌の小動物や微生物を皆殺しする毒ガスを注入する『土壌消毒』なるものは、そもそも死の農業だと結論付けられ、ありえない栽培技術と評価されてしまうことになる。
実は、この根圏の微生物との関係が希薄になってしまったことが原因で、農作物は病害虫や環境変化に弱くなっており、強力な化学農薬を大量に使用する状態に陥っているという考察がある。このような課題を解決する方法として、植物とGive and takeの共生関係を築く微生物「エンドファイト」に注目が集まっている。エンドファイトは植物が本来持っている能力を引き出したり、植物が生育に必要な活動の手助けをしたりするとされており、このような微生物が有用に活用できれば、農薬の使用量を減らしながら収量を上げることができるかもしれない。
ではエンドファイトとはなにか?この語源はギリシャ語で「endo phyte」(内部の植物)を意味する言葉で、植物内において植物体と共生している菌類などの微生物の総称を指すのである。この微生物の作用によって、植物が本来持っている免疫機能や生長機能を向上させることができるとされている。
エンドファイトのメリットとして、まずは植物が本来持っている力を引き出すことである。植物体に壊死反応を発生させることなく、植物体の免疫力を高め、病害虫への耐性や環境変化に対する耐性を向上させたり、栄養吸収率を向上させ植物が健全に育つ力をつけていくことを補助したりすると言われている。その草分け的なものとして著名なエンドファイトは、イネ科の植物体と共生関係を築くネオティボディウム属(Neptyphodium)という糸状菌の一つで、この菌が作り出す分泌液の影響により植物の害虫耐性が向上すると言われている。また、農業分野で近年注目が集まっている菌根菌は、土壌に存在しているリン酸の吸収を助ける代わりに植物体から光合成産物を受け取るという共生関係を築き、さらに菌根菌が内生している植物は耐乾燥性や耐病性が向上することが知られている。
次の効果としては、土壌の団粒構造化を促進し、土壌改良を助けることである。エンドファイトを活用することは、微生物の働きを活かすことに繋がるので、土壌の品質を向上させるという点においてもメリットがある。化学肥料は、すぐに植物が栄養素を吸収できる形に作られているため速効性があるが、土壌微生物の働きが少なくなり、土壌は痩せて地力や団粒構造を失っていくことになる。それは有機肥料のように、微生物が分解したのちに植物が吸収するという段階を踏まないためだ。一方、微生物の働きを十分に生かすことを前提にすれば、有機肥料を活用することで微生物が増え、団粒構造化が促進されるなど土壌環境が改善されていく。
総合的にはエンドファイトは、肥料や農薬の使用を減少させ農業経営を助ける効果が高い。土壌消毒をし、化学肥料を主体に投入していく慣行農業は、微生物の活動が少ないことにより、土壌中にそもそも肥料成分が十分にあのに、それを植物が上手く吸収できなかったり、害虫耐性能力が低下したりしているという可能性があるが、エンドファイトを活用し生育促進ができれば、肥料や農薬の使用量を減らせるかもしれないことになる。それが実現できれば農業経営における作業負担や費用負担の軽減にもつながるのではなかと考える。

※画像は茨城大学農学部教授 成澤才彦先生より提供いただきました。
土中のエンドファイトの生きたネットワーク。根と共生して、根を基点として、さらに微生物のネットワークを構築し、生きた根と生きた土を、生きた微生物が繋ぎ、呼吸と代謝を繋ぎ、生命系のネットワークが、すべての生命を育てる。
美味しい食べ物を育てるには微生物が鍵となると言われ、有機農産物が美味しいと言われる理由はこの命の呼吸のネットワークから導かれるということになる。つまり植物と微生物をつなぐ役割をはたす「エンドファイト(植物内生菌)」によって、植物は本来の生きた土からの総合的な養分を確保しているのだ。動物が生きていくのに腸内細菌などの常在菌の働きが欠かせないのと同様に、本来、植物にとって微生物の働きは必要不可欠なもので、そのようなお互いに支え合っているような関係は「共生関係」と呼ばれる。菌類の菌糸が植物からの光合成産物である炭素源(ブドウ糖・ショ糖)を食べ物として供給してもらい、その代わりに、土壌中の窒素やリンを植物に必要な栄養素として提供する。
エンドファイトは、苔から樹木にわたり、あらゆる種類の植物の根の中に入り、植物と共生する。例えば、松茸は松の木の根元に菌糸(菌根菌)が集まり、それが植物と一体化してできたものだ。他にも、花のランは共生する菌の種類が決まっていて、その菌と共生して初めて発芽すると言われる。どちらも、菌類の働きが必要不可欠な植物の一例である。
微生物の叢(そう)と呼ばれる微生物の住処にはたくさんの微生物のつながりがあり、植物と共生関係を持つエンドァイトの中には、リーダー役、脇役など様々な特性を持つものが存在することがわかってきたようだ。ある植物にとって、より良いエンドファイトを根付かせる(培養する)ことができれば美味しい作物が育つことになる。微生物がうまく共生すると、植物の免疫力が向上するだけでなく、植物に耐暑性を付与したり、逆に耐寒性を付与したりと、様々な効果をもたらすことが分かってきているようだ。その中で、成澤先生の研究では、地球温暖化による高温条件下での植物への耐暑性効果に焦点を当てていて、これまでにエンドウ、トマト、水稲などを中心に、微生物を活用した試験栽培を行っているとのこと。今後、広い範囲でこのような耐暑性が付与できると、温暖化により気温上昇している地域でも作物の栽培ができるようになったり、通常の生育時期をずらして栽培することができるようになったりと、農業界における生産性が今より一層高まることが期待されているのだ。まだこのような取り組みは始まったばかりだが、成澤先生によると、次世代の農業を発展させるのには、まさしく土壌微生物が鍵となると確信しているということである。
植物も微生物と共生関係を結ぶことで、良い作物になるところが、ここ40~50年間、戦後の食糧増産による近代農業における化学肥料や農薬を使った農法が主流となり、その結果、本来植物が持っていた微生物と共生関係を結ぶための遺伝子が働く必要がなくなり、両者の関係性は断ち切られてしまってきている。共生微生物のいない土壌では、植物病原菌や病害虫が繁殖しやすくなり、再び農薬を使用することになり、結果として環境に対して大幅な負荷をかけることになる。この流れを、自然に近いかたちに戻そうと、生産者の方々や研究者が協力して、有機栽培や自然栽培に見られるような本来の生態系に近い環境における作物の栽培が行われているのだ。
自然に近いかたちの農法の大切さを科学的に検証することで、本来の生物叢を人工的に再現でき、誰でも使えるような技術の提供ができれば、持続可能な作物の栽培が広まることになる。このような有用な微生物を活用した新たな農業スタイルは、近代農法に変わる、「第二の緑の革命」を起こす可能性を秘め、次世代の農業界において大いに期待されている。
次号に続く